「あるモデルの自画像」を知っていますか?     読者の方から寄せられた感想       小林範子さんへ


ここに掲載しているのは「あるモデルの自画像」を読んで感想をお寄せいただいたものです。
電子テキスト化に向けて、まず少しでも多くの人にまず読んで貰いたいという気持ちから、感想文を募集しています。 
感想文をくださる方は、管理人までご連絡ください。 

                                         
ArtModel,Info管理人NATU







関西のたけしさんより(2005年2月15日)


 「あるモデルの自画像」について興味が湧き、
隣県の滋賀県立図書館(私は京都在住です)にあるとのことで、先日、借りてきました。
(古い本とのことで閲覧室にはなく、地下室から持ってきてもらいました)

まず、20年前という時代を振り返ってみて、
当時にこのような本が書かれて刊行されていることに驚きました。
今は、ネットの普及により、誰でも簡単にメッセージを発信できるようになりましたが、
当時にモデルさんが実名・写真入りで本を出されることは画期的だったと思います。

また、内容も、本音をしっかり言われています。
時には主観に走ったり、女性の視点に偏ったりする感はありますが、
それは「自画像」なのだから当然だし、何よりもストレートに気持ちが伝わってきます。
こう書いたらどう思われるか…なんて小細工されていないことがよく分かります。

本の内容が、最近のモデルさんがサイトで言われていることと大筋がほとんど変わらず、
まるでお手本にして写したんじゃ(そんな訳はありませんが)と思ってしまうほどです。
裏を返せば、20年経っても、美術モデルを取り巻く視線や環境が変わっていないということなのでしょう。
(良いことではありませんね)

小林さん(筆者)は、とてもデリケートな心をお持ちのようで、それ故に苦しいことも多そうですし、
だからこそ素敵な表現(モデル)をされている(それは想像しかできませんが)のだと思います。
だからこそ、多くの描き手さんに継続して描かれているのだと思いました。

この本を読み始めてから、かなり昔の、
黒田清輝画伯と日本初のモデルさんを描いた成人コミック(18禁ではない)を思い出していました。
更に読んでいく内に、本当にお2人のエピソードが現れ、小林さんの博学にびっくりしました。
と言いますか、美術モデルについてご自分でも勉強し、
しっかりとした認識を持って取り組まれていることにびっくりしました。
(何故にか黒田画伯を思い出したシンクロニシティにもビックリですが)

感想は尽きません(まだまだ書ききれません)が、
この本が、今、読んでも新鮮であり、逆に言えば色あせていないほど
世間が未だ遅れているということに、複雑な気持ちです。

でも、あの真剣な「絵を描く」場(ステージ)がある限り、
信じるままに進んで行きたいですね(描く側も描かれる側も)。

最後に、本の題名「あるモデルの自画像」は、
いろいろな意味で素敵だと思いました。









美術モデルのもみじさんより(2005年1月27日)

[あるモデルの自画像]を読んで

 
小林範子さんのような、劇的な気づきではなかったにしろ、
私も美術モデルの職業に出会うまでは、ここまで好きな仕事には巡り逢えなかった。
『ワタシハイッタイナニヲヤッテイルンダ』 の思いは、5年間続けてきた仕事の中で常に思っていた。
何か私は必要とされていると感じられる事や、自分で感 じるやりがいをむりやり探そうとしていた。

美術モデルほど強烈に自分を必要としてくれる職業はあるだろうか。
私も常に自分の居場所を求めていた。
小林さんは人間的深みや素敵な雰囲気が備わって いて、とてもすばらしい女性だった事が伝わってくる。
小林さんがモデルを始めた年齢と私は今とても近い。
悩んでる事、思っている事もなんだかとてもわ かって
なんだ〜これでいいんだ!と思わせてくれた。

もしかしたら美術モデルって一番他の人と比べて評価されない、オンリーワンの仕事のトップワンかもしれない。
今はただただこの仕事に出会えて、仕事ができている事に感謝です。
本の感想文にはなっていないのですが、何か同じものを感じられとてもハッピーです。
この本を譲っていただいたSanomaさんにもとても感謝ですね。










神奈川のアネモネさんより(2005年1月23日)

 美術モデルを職業としている、その本人が本を出していることに、まず驚いた。
それも今から20年も前の日本に、そんな勇気のある女性がいたことに感嘆した。
著者の小林範子氏は、背表紙の写真や、彼女がモデルをつとめた人物画を見ると、
豊かな長い髪、憂いを含んだ大きな瞳と通った鼻梁、均整のとれた肢体をもつ美人である。
本の帯に「裸の履歴書」とある通り、さぞ奔放で破天荒な人生を送ってきた女性なのだろうな、
と思いながらページをめくると、意外なことに、
文章から伺えるその人柄は、思慮深く真面目であり、
またときおり言葉の端々に少女のようなみずみずしさとかわいらしさを垣間見せる。

本著は、普通の女性が幾度かの転職を経て偶然たどりついた「美術モデル」という職業に対する
率直な思いや悩みがいきいきと綴られている。

「美術モデル」と聞いて読者が抱く、
「いったいどんな人が人前で裸になってポーズをとったりするのだろう?」
「美術モデルとは具体的にはどのような仕事なのだろう?」という疑問に、
著者はひとつひとつ答えていく。
また美術モデルという職業、あるいは美術モデルに対して周りの人々が見せる戸惑い、
好奇心、警戒心を、著者はまっすぐに受け止め、考える。
そして彼女自身の言葉でそれに応える。
ときには心ない中傷や差別にさらされ、屈辱感にうちのめされた経験も語られる。
はじめは好奇心で本著を手にとった読者は、
次第に先入観をなくし、
やがて、著者の語る、プロとして誠実に仕事と向き合うひとりの女性の感情に寄り添い、共感することになる。

本著の一番の魅力は、仕事を通して得た喜び、心のふれあいなど、
美術モデルという職業につかなければ得られなかっただろう、たくさんの出会いが感動的に語られる場面である。
また、著者と娘さんとの心温まるやりとりの描写には母としての大きな愛が満ち、
読者をあたたかさとやさしさで包み込む。
全編に通じる著者の筆致のしなやかさは驚嘆すべきものがあり、
自身の人生の悩みを打ち明ける、その同じ率直さで、
美術モデルの歴史や裸体画の意義、当時の画壇についてをモデルの立場から考察する。
そうかと思えば、ポーズ中に眠ってしまいそうになったり、食べ過ぎて太ってしまった失敗談がユーモアたっぷりに描かれ、
その巧みな語り口はけっして読者を飽きさせない。

本著が出版されてから20余年、美術モデルを取り巻く環境はさほど変わっていないのが実情ではないかと思う。
一般の人々の美術モデルに対する認識も深まったとは言えないだろう。残念なことではあるが、
それゆえに本著は、今の時代の読者の前にも新鮮な輝きを放ち続けるのだと言えよう。